大越基さん、三森敬太さんが、来春から早鞆高校教員に!
総合人間・文化学部4年の大越基さんと三森敬太さんが、山口県の早鞆高等学校の教員に採用されることになりました。今回は、お二人に大学生活を振り返ってもらうとともに、これからの教員としての抱負をうかがいました。
大越 基さん
プロフィール
1971年5月20日生まれ
仙台育英高等学校出身、早稲田大学中退、元福岡ダイエーホークス選手
仙台育英高ではエースとして、3年夏に甲子園で準優勝。早稲田大学を中退後、1992年にドラフト1位指名され、ダイエーホークスに入団。投手、野手として活躍し、2003年に引退。2004年4月に、教員免許取得を目指して、東亜大学総合人間・文化学部に編入学。来年4月からは、早鞆高等学校の保健体育教員に就任予定。
――就職内定おめでとうございます。
ありがとうございます。
――大越さんは、周りの学生よりも年齢的にはずいぶん上で、入学当初はいろいろと戸惑いもあったのではないですか?
そうですね。年齢的には、周りの学生よりも先生たちのほうが近かったりしますからね。ただ、わりとすぐに打ち解けることはできました。今では、多くの学生と仲良く話をしています。
――大学へは保健体育の教員になることを目指して入学したんですよね。
はい。保健体育の教員免許を取って、教員になって、部活動を指導したいと思って、大学に入学しました。
――ただ、元プロ野球選手は、2年間は高校生を指導することができないですよね。
プロアマ協定で、少なくとも2年間は教員として在職していないと高校野球は指導できないことになっています。しかも、非常勤ではダメで、正教員として在職していなければいけないということだったので、それがけっこうプレッシャーではありました。
――早鞆高校では、いずれは野球部を指導することになると思うのですが、「ぜひ甲子園へ」なんて期待もあると思いますが。
大学に入る前は、絶対に甲子園に行きたいって考えていたんですけどね… 大学でいろいろ経験していく中で、かなり考えも変わりました。今は、「甲子園、甲子園」というよりは、むしろ、部員の能力、個性を見極めて、一人一人の能力を最大限引き伸ばせるような指導をしていくことが大事ではないかと考えています。中には、大学生や社会人になってから伸びていく選手もいると思います。高校時代に無理をさせてしまうことがその選手にとってプラスにならないこともあります。生徒の基礎体力を考えながら、その生徒が野球選手として成長するにはどのように指導すればいいか、しっかり考えていきたいと思っています。
――春には教育実習も体験しましたね。どうでしたか?
たった3週間ですが、指導を受けた先生の方針もあって、担当したクラスをほとんど自分のクラスのような感じで持たせてもらいました。ちょうど体育祭があったので、その指導の中では、相当怒って、説教したりもしました。結果、体育祭では、クラスが一致団結して競技に取り組むことできて、本当に感動しました。教育実習最後の日には泣いてしまいました。絶対に教師になりたいと思いましたし、この道を選んで本当によかったと思いました。
――大学生活のほうでは、いよいよ卒業論文の締め切りが迫ってきましたね。
卒業研究では、「野球でセンターラインのポジションにつく選手の心理的競技能力」についての研究を行っています。競技力の高いチームと低いチームとでは、センターラインのポジションにつく選手のメンタル面に違いがあるのでは、という研究です。自分の予想していたような調査結果も出てきているので、今は卒業研究をしているのがとても楽しいです。
――もともとは野球とは別のことの研究をするつもりだったと聞きましたが。
そうですね。野球に限定されないようなスポーツ心理学の研究をやってみたいと考えた時期もあったのですが、指導教官の岡村先生と話をして、指導者として直接役立つような野球に関する研究を行うことにしました。この先も部活動等の指導をしていく中で、データを積み重ねて、資料を改良していきたいと思っています。
――大学生活も残りわずかとなってきましたが、大学での生活はどうでしたか? 東亜大学のよかったところとか、挙げてもらえたらうれしいのですが(笑)。
東亜大学では、先生との距離がとても近いということにびっくりしましたね。先生にいろいろな質問を気軽にぶつけることができましたし、また熱心に答えてもくれましたので、その点、本当に充実した大学生活を送れたと思っています。
――最後に、これから教員になるにあたっての抱負をお願いします。
教えるということは、正直わからないことが多いです。これから生徒たちからいろいろと学んでいきたいと思っています。最初は、部活動の指導はできないですが、その時間を有効に使いたいと考えています。野球をやっていない生徒にとっては、自分は別に普通の体育の先生ですから、そういう生徒たちをちゃんと振り向かせられるようになることが大事だと思っています。まずは、しっかり教師として一人前になれるよう努力していきたいと思っています。
三森 敬太さん
プロフィール
1983年1月21日生まれ
山口県立華陵高等学校出身、北九州市立大学卒業
北九州市立大学野球部では、4番として全国大会にも出場。北九州市立大学卒業後、2005年4月、教員免許取得を目指して、東亜大学総合人間・文化学部に編入学。現在は、北九州市立大学野球部でコーチも務める。来年4月から、早鞆高等学校に、保健体育と社会科の教員として就任予定。
――就職内定おめでとうございます。
ありがとうございます。
――三森さんは、北九州市立大学を卒業したあと、東亜大学に編入学してきたんですよね。
はい。北九州市立大学では初めはプロ野球選手を目指して、野球に打ち込んでいたのですが、やはり、選手よりも指導者になりたいと思うようになり、卒業後、教員免許取得を目指して、東亜大学に編入学しました。
――来年、早鞆高校では、保健体育と社会科の担当をすると聞きましたが。
北九州市立大学では法学部だったので、その単位を生かして、社会科の教員免許も取得する予定です。
――現在は、スポーツ学の研究をしているんですよね。
卒業研究では、スポーツ心理学の研究をしています。大越さんと同じ岡村先生に指導してもらっています。野球選手には、特にどのような心的能力が必要かというような研究を行っています。中学生、高校生、大学生を対象にして、それそぞれの年代で特に重要な心的能力を調べています。今のところ、けっこう順調に来ています。
――スポーツについて学ぶというのは、どうですか?
もちろん自分が一番興味があることですし、今後の指導にも役立つことだと思いますので、一生懸命やっています。ただ、東亜大学でよかったと思うのは、スポーツだけでなく、それ以外のいろいろな授業、心理学や哲学などいろいろな授業を受けることができたことだと思っています。今後教員として働いていく上でも、きっと役に立つと思っています。
――三森さんも、周りの学生よりは若干年齢が上ですよね。
そうですね。でも、周りには、保健体育の教員を真剣に目指している学生が多くいましたので、それがすごく刺激になってよかったです。
(注)現在まで、三森さんは、成績も「オールA」とのことです。
――教育実習は、母校で行われたんですよね。
そうです。教育実習では、全校生徒に対して進路選択の話をする機会を与えられました。私が二つの大学を経験していることもあってか、授業を持っていなかった3年生からも、進路について相談を受けたりしました。
――どんなアドバイスをしたんですか?
自分が希望している道と親が希望している道が違っていて、どうしようか、なんていう相談を受けたりしたんですが、やはり、自分が希望している道、自分がやりたい道を進むべきだというようなアドバイスしました。それで、あきらめずに努力を続けるべきだというアドバイスをしました。
――大越さんは2年間は部活動の指導ができないですが、三森さんは、もうすぐに野球部を指導することになりますね。どういう指導をしたいですか?
大越さんとは違って、僕は自分では甲子園に行っていないので、やはりぜひ甲子園を目指したいです。ただ、指導者としては、甲子園を一番の目標にするのではなく、たとえ控えで試合に出れない生徒でも、野球をやっていてよかったと思えるような指導をしていきたいと考えています。
――最後にこれからの抱負をお願いします。
教育で一番大切なのは、信頼関係じゃないかと思っています。生徒との信頼関係を築けるよう努力していきたいと思っています。生徒が、いろいろな相談を持ちかけてくれるような教師になりたいです。
2006年10月25日(水)13号館研究室にて





コメント
早鞆の先生おめでとうございます
二人ともやさしい先生でしょうね 母校と言えども男女共学だし昔とはちがう状況です
又どんな状況かしりたい先生ですね
投稿者: こころ | 2007年07月14日 16:02
初めてコメントさせていただきます!
個人的に、ホークスファンとして大越さんは懐かしいです。生徒には、「彼の雄姿をビデオとして観せる」・「プロ野球での経験を語る」だけで十分に教育になると思います。受けられる方がうらやましいです・・・。
北九大生としてOBの三森さんを存じませんでした。野球部で活躍されて、コーチもされたのは初耳です。
お二人とも教員として頑張っていただきたいです!!
投稿者: 某北九大生 | 2008年03月21日 04:56